金色と緑色の童話



昔むかし、ある森の多い地方に、白い大きな城があった。
そこには、若い女性の領主と、その一人娘とが住んでいた。
その地は代々女性の領主により統治されてきたが、領主一人で納める
には領土は広大であり、補佐官が就くのが習わしであった。


さて、領主には悩みが一つあった。それは、一人娘に関すること。
名をコレットというその娘は、深藍色の瞳と栗色の髪の毛を持つ
美しい少女なのだが、領主の夫、つまり娘の父の死と共に
心を閉ざし、部屋から一歩も外に出ようとしなかった。
ある日、領主は補佐官に相談を持ちかけた。
「あの子には困ったものです。確かに父の死は悲しいでしょう。
しかし、将来はこのアンジェリーク家を背負って立つ身。そろそろ部屋から
出てくれなければ、領民に対しても示しが付きません」
補佐官は深く頷いた。
「分かりました。それでは、各界の専門家に協議させましょう」


城の会議室には六人の賢者が集まっていた。大将軍、著名な芸術家、
隣の国の王太子、高名な学者、領地随一の占い師、ギルドの長、である。。
しばらくの協議の後、意見はまとまった。
「姫君は昔から動物が好きでしたな」
「山小屋での生活は、様々な動物が集う、それは楽しいものです」
「僕はイルカが好きです」
「動物には人の心を癒す力があると、最新の研究報告にあります」
「姫様は動物ととても仲良しになるって、占いにも出てるよ」
「ペットショップも経営してまっせ」
こうして会議は終了した。

次の日、犬や猫、鳥といった様々な九匹の動物が城に連れて来られた。
無理矢理部屋から出された娘は不機嫌そうな顔をしていたが、
動物たちを前にしてほんの少し
微笑んだように見えた。
「我が娘よ、この中から好きな動物を選ぶが良い」
領主は娘を促す。
そして娘が選んだのは、一匹の薄汚れた犬だった。
「商人よ、この犬も売り物だと申すのか?」
「とんでもありません。さて、どこから迷い込んだのでしょう」
しかし娘はこの野良犬を抱きしめて離さず、ギルド長は
九匹の動物を携え、しぶしぶと帰っていった。


この犬は娘によってアリオスと命名された。
最初の印象こそ悪かったものの、丁寧に毛並みを整えてみれば
綺麗な白銀色、左右の瞳が深緑色と金色という、
とても神秘的な犬であった。
アリオスと共に生活するうち、娘は日増しに明るく、
朗らかになっていった。
城には毎日のようにアリオスと遊ぶ娘の笑い声が響き、
アリオスも娘の愛情に答えるかのように
ぴったりと寄り添って離れなかった。


しかしそれから、領地には不穏な出来事が発生した。
領民のうち何人かが、森の中で黒い大きな獣を目撃し、数日後には
それに襲われるという事件が発生したのだ。
目撃情報をつきあわせると、それは黒く巨大な狼だろうという
結論に至った。
猟師が集団で森に入り退治しようとしたが、見つけることも出来ず、
それどころか獣はついに町にまで出て、
人を食い殺すようになった。
やがて町に人の行き交いはなくなり、領地は静けさに包まれた。
堅く閉ざした戸口の奥で、領民達は口々に噂し始めた。
「領主様の一人娘が犬を飼い始めたそうだ」
「でもそのころからあの獣が出始めたよ」
「あの犬が城を時々抜け出すところを見た人がいる」
「きっと何か関係が…」
「あの犬は狼では?」
「そうだ、あの犬は狼に違いない」
「きっとそうだ。そうに違いない」

やがてその噂は領主の耳にも届くようになった。
「補佐官、あのような噂が流れておるが、事実かどうか確認はできぬか?」
「はっ、確かに私どもはあのような犬を見たことがなく、また
どの百科事典にも載ってはおりません。念のため
学者に調べさせましたところ、遠い海の向こうに住む、
犬でも狼でもない生き物ではないかと」
領主は自ら確認するため、娘の部屋へと赴いた。

「娘よ、あの犬はどうした」
夜は更けており、娘は眠そうな瞳をこすりながら母を迎えた。
「アリオスってば、時々散歩に行くの」
ちょうどその時、カーテンがサッと翻ったかと思うと、窓から
娘の愛するアリオスが戻って来た。
─── その口に真っ赤な血を滴らせて。
「来ちゃだめ!」
娘は駆け寄る。しかし、大人の動きの方が早かった。補佐官が
拳銃を抜き、領主が「撃ちなさい」と命令を下す。
一発の銃声。
眉間を打ち抜かれたアリオスは、娘に抱かれる間もなく息絶えた。
そして娘は、アリオスの死骸の側で一晩中泣き続けた。


次の日の早朝、町で一匹の黒い獣の死骸が発見された。


それから数年の月日が流れたある日、
領地の外れの墓地に、一人の女性の姿があった。
あの領主の娘である。
娘は美しく成長していた。また、悲しい出来事を乗り越え、
その瞳に強い意志を宿らせていた。
あの事件の後、彼女は幼い自分の力だけで、
この墓地にアリオスを埋葬した。
領民達は事の顛末を知ると、娘に同情し、その墓に数限りなく
花束を供えた。しかしそれも一時のこと。
しかし彼女は忘れなかった。
毎年の命日はもとより、事ある毎にここへやってきて、まるで
アリオスが生きているかのように語りかけた。
そしてその日、もう誰も来ないはずのこの墓に先客があった。
一人の青年が墓の前に立っている。
その後ろ姿を見た娘は、ハッと息を飲んだ。
「あなたは誰?」
彼女はその背中に、懐かしさ
と愛しさを感じていた。
「おいおい、自分で付けた名前さえ忘れたのかよ」
振り返るその瞳は、深緑色と金色。
彼女は青年の胸に飛び込んで行った。


昔、「やまめがね」というサークルさんのところに
のっけていてもらっていた小説。
アリオス好きの麗華氏がのたうちまわって喜んでました。


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