風と木の詩



 私はここで長く生きてきた。
 動くことのかなわない私だけれど、それを恨めしく思うことはない。むしろ、鳥やリスなどの小動物、小川を泳ぐ魚、小さな昆虫、枯れては生える草原に、うつろいゆく時の無情さを知るのみである。 私は小さな生物たちを見守りながら、ここで長く生きてきた。そしてこれからもずっとこの生活が続くものだと思っていた。
 まさかこの地が、この大陸そのものが、もうすぐ無くなってしまうことになろうとは。
 しかしそれも運命かもしれない。あまりにも長く生き過ぎた私には、自分の死や、世界の終焉さえもが、どうでもよいことのように思えてしまうようだ。

 地面が何度か大きく揺れる日があった。そしてその日を境に、私の生活は様子が変わった。
 人間を見るのは久しぶりである。
 遙かなる昔、私の下では多くの人間が集ったものである。幾人かで食事をしていたり、単に強い日差しや突然の雨を避けるためであったり、またある時は恋人同士が愛を語り合っていることもあった。
 私の前に現れた人間は二人、おそらくカップルだと思われた。
 二十台後半くらいの青年と、高校生くらいの少女。
 しかしその会話はどこかちぐはぐであった。
「…悪い。俺、今ちょっと記憶が曖昧になっててさ。ただ…その瞳と唇には見覚えがある。名前は…」
「アンジェリークよ。アリオス」
「…? それは俺の名前か? 俺は何者なんだ? 俺とお前との間に何があったんだ?」
「…」
「そうか…言いにくいことなんだな。だから…時々顔をみせてくれ」
「アリオス…。きっとまた会いに来るわ」
 二人の間に何があったのかはわからない。しかしそれは尋常ならざるものであったに違いない。ましてや男性の方が記憶喪失とあれば。
 今にも世界が終わろうとしているこの時に、このようなカップルを見守ることになろうとは思わなかった。しかしこれも運命。もしかしたら何か大きな意味があるのかもしれない、と思っていた。

 それからその二人は、まるで失われた時を取り戻そうとするかのように、たびたび私の下で会っていた。
 私には二人がお互いに惹かれ合っているのが分かる。しかし、青年の記憶が曖昧なせいか、それとも少女が忘却の思い出に後ろめたさを持っているせいか、二人とも態度はよそよそしく、どこかぎこちなかった。
「どうしてお前が俺のことを知っているんだ? どんな理由があるんだ?」
「それは…まだ今は話したくないの」
「そう…か。だったらいい。いずれ時がくれば…雪か。こうしてお前と一緒に雪を見たことがないか…?」
「私、あなたと雪を見たわ。窓辺で二人並んで…」
 青年が記憶を取り戻すのは時間の問題かと思われた。

 そして予期していた通り、青年がすべてを思い出す時が来た。人間より遙かに長生きしてきた私でさえ、その二人の過去には驚かされるばかりだった。
「あなたを失いたくないの」
「…俺はいつ消えるか分からない男だぜ。どうせまた別れが来るんだ。そういう運命にある」
「いいの、それでも。お別れすることになっても、探して、何度でも見つけるわ。一度できたんですもの。私、あきらめたりしない!」
 あれだけの悲惨な出来事があったのなら、普通の女性ならいくら恨んでも恨み足りないくらいであろう。しかしそれをすべて許し、なおかつ青年と共に歩むことを決意した少女の勇気と愛情は、長く生きて来たはずの私でさえ初めて見るものだった。

 しかし、その少女にあれほど感銘を受けた私でさえ、その二人に対する見方を変えざるを得ない状況に陥った。
 両想いであることを確認したカップルほど周りが見えていないものはない。この草原には常に人がおらず、その二人もまさか木が見守っているとは思ってもみないであろう。
「ええと…アリオスの服、かっこいいわね」
「だろ? 俺は何を着ても似合うからな」
「そうね、アリオス、足が長いから」
「…お前が素直に褒めるなんて。サンキュ」
「うふふ…」
「…なんだよ。じっと見つめて」
「何を着ても似合うアリオスにプレゼント! じゃーん、ウサギの着ぐるみ!」
「なんだよ、そんなの着れるわけないじゃないか」
「着てくれないの? せっかく一生懸命作ったのにな…(うるうる)」
「…わかったよ、着りゃいいんだろ、着りゃ。ほら、むこう向いてな」
「うわー、かわいー。抱きつきたーい」
「…いいぜ」
「わーい」
「(この着ぐるみ厚すぎだぜ。感覚も何もわからねー)」
 恋人達は脳がとろけたような会話を行うのが常であるが、ここまでのバカさ加減は初めてである。
 また、そよ風はこの大陸のあらゆる情報を私に送ってくれるが、この二人は他の場所ではこのような会話を行っているようだ。
「おい、ガラスといったら、お前は何を思い出すんだ?」
「ガラスといえば、香辛料よね」
「…それを言うなら、カラシだ」
「そうそう、田んぼに立っているのよね」
「…それはカカシ」
「おにぎりに入っていたような…」
「それはオカカ! お前なあ…いい加減にしろよ」
「ごめんなさい…。でも、学校で掲示物を張って…」
「それはガビョウ!」
「『晩秋』とか最近ヒットしてるけど、私は『国道2号線』が好きなの」
「それはガガガSP!」
「でも『¥マネーの虎』は見てるの」
「それはがなり社長!」
「とても割れやすいの」
「それはガラス!…って、あってるのか」
 私はこの二人を、あまりにもバカバカしい会話ばかり繰り返すところから、「バカップル」と命名した。
 しかしながら、このような会話を一日中聞かされる身にもなってほしい。自分が動けない身であることをこれほど残念に思ったことはない。
 だがこの大陸の命運はあとわずか。泣いても笑ってもすべての命は尽きてしまう。このように毎日をバカバカしく生きている人間達にも終わりがくる。そのように考えると、苦痛よりも無常観の方が勝ってしまう。

 世界の終わりはこなかった。
 そしてあのバカップルはどこかへ行ってしまった。
 そして私には、元通りの静かな生活が始まった……と思ったら、いつしか私の下にはカップルが集合するようになっていた。
 カップルたちの話をまとめると、私は伝説のカップルが誕生した、伝説の木ということらしい。
 そして今日も、あのカップルに憧れるたくさんの恋人達が、バカな会話をするために私の下に集まってくる…   

ずいぶん昔に書いたものなんだけど
(ガガガSPが「晩秋」とか歌ってるし…)
どこにのっけたんだっけ…?
すっかり忘れました。


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