私を42.195kmに連れてって



 ランディは真剣な表情でずっと独り言をつぶやいていた。周囲がこれだけ盛り上がっているにもかかわらず。
 もちろんこの大勢の参加者の中にも、ランディのように静かにただずむ者もいる。だがそれはプロの参加者か、ただ緊張している者に過ぎない。
 参加者三万人というこの大会の中で彼を見付けられる者はいないであろう。また、もし見付けたとしても、他人のそら似としか思えないであろう。今の彼には誰の声も聞こえない。スタートの銃声だけを待っている。そのくらい彼は精神を集中させており、まったく別人の形相をしていた。

 特別席に女王陛下が現れ、高らかに開会宣言を告げた。
「みんなーっ、アメリカに行きたいかーっ」
 オーッ、と会場は沸き上がる。
「今年の賞品はすごいぞー。賞金100ゴールドの他に、なんと!女性の優勝者には炎の守護聖オスカーと、あの謎の剣士の二人からの熱ーいキッスが!」
キャーッ、と女性陣から大量の歓声が上がる。中にはその二人を見ただけで失神する者まで出る始末。
「もちろん男性にも、こちらの美女と美少女から祝福のキッスが!」
 今度は、ワオーッ、と野蛮な声が上がる。たちまち特設グランドは熱気に満たされる。

▼必勝法その一、スタート直後にできるだけ抜くこと

スタート直前の静けさの中、ランディはようやく独り言をやめた。2、3度土を蹴り上げた後、まっすぐに前を向く。
 女王陛下が拳銃を構え、天へ向ける。安全装置を外し、引き金をゆっくりと引く────そしてランディは走りだした。

▼必勝法その二、ペースに乗るまで気を紛らわせること

「もうゼッケンも届いたんだ。絶対優勝するよ! ゼフェルも参加しないか?」
 数日前、ランディはゼフェルを前に熱っぽく語っていた。
「遠慮するぜ。興味ねーし。いちおう応援は行くぜ」
 ゼフェルは軽く手を振り、ついでにジャンク屋にでも行くかな、と付け加えた。
「でもよー、そんなに優勝したいのか?」
「当たり前じゃないか。狙うは優勝のみ!」
 ゼフェルは何かを諦めた様な顔をする。
「噂によると賞品は…。ま、趣味は人それぞれだしな」

▼必勝法その三、マイペースよりやや速めに

「ヴィクトールさん、俺、がんばります」
 もうすでに言葉を発する余裕はない。しかしランディは心の中で語りかける。
「あの日、どうしてもあと10qのところでリタイアしてしまう俺に、親切にも必勝法を教えてくれましたね」
 ランディはペースを上げる。たちまち先頭グループと肩を並べる。
「本当は一緒に走りたかった。でも、警備責任者ではしょうがないですね。見てて下さい。ヴィクトールさんの分まで走りますから!」

▼必勝法その四、風になる!

 呼吸が落ち着くまで時間がかかった。しかし観客は、栄光の勝者が現れるまで、静かに待っていた。
 姿を現せた勇者を、人々は拍手と歓声でたたえた。ブラスバンドによる演奏が緩やかに流れる中、女王陛下はトロフィーをランディに手渡す。
「よくがんばったわね。あなたは守護聖の誇りよ」
 ランディは胸がジーンとなり、涙がこぼれそうになる。
「ほら、美女達がお待ちかねよ」
「え?」
 女王の言葉に、ランディはとまどう。開会式の時に話を聞いていなかった上、参加要項もほとんど読んでいなかったからだ。
 ランディに考える間も与えず、水色の髪の、清楚な感じの美女が彼の頬にそっと口づけをする。ランディは思わず顔が真っ赤になる。
 そして金髪の美少女が歩み寄ってきた。しかし彼女はランディを前にして悲しそうな表情をする。
「やっぱり…ボク…できないよ…」
「その声、まさか…」
 美少女(?)は泣き出す。
「う、う、うわーん。陛下のいじわるーっ。オリヴィエ様のいじわるーっ」

 ちなみに美女の方は誰だったかというと…

すごいです! ランディ様!
(↑自分で言うなよ…)


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