私をポーン→クイーンの出世街道に連れてって



 うららかな午後のひととき、ジュリアスはチェス盤に一人で向かっていた。職務の合間の休憩時間、指南書を片手に、さらなる強さを目指して勉強するのが彼の日課であった
 そこに突然のノックの音が。
「ねえジュリアス、ちょっとチェスしない?」
 現れたのは女王陛下。金髪を揺らせながらドアから顔をのぞかせている。
「わざわざお越し頂きありがとうございます」
 本来なら女王が私室を離れるのは御法度。しかしいくらか人間的に角の取れたジュリアスは、庶民的な女王の人となりを考え、むしろそれを微笑ましく思う。
 陛下の女王候補時代、チェスの基本を教えたのは彼であった。昔の日そのままに、二人はチェス盤を挟んで座り、駒を初期位置へ並べ始める。そして無言のまま、対局は始まる。

「…ところで陛下、その黒縁メガネはどうされたのですか?」
 ジュリアスは苦い顔で語りかける。女王はにっこりと笑い、帰り支度を始める。
「あ、これ? 最近流行ってるんだよ。知らなかった? まあ、今日はたまたま私の方に運が回ったんだって。…それとも、私に教えてくれた人が良かったのかな」


 ジュリアスは落ち込んでいた。
 あの日の女王陛下の訪問以来、なぜか毎日のように来客があり、ジュリアスとチェス勝負をしては帰って行った。そしてなぜか彼はことごとく勝てなかった。
 女王陛下については、女王候補時代は素人の域を出なかったが、その後のたぐいまれな努力によって実力を身に付けたのだろう、と思っていた。またオリヴィエについても、もともと実力が拮抗していたため、ちょっとしたミスを衝かれただけ、と思っていた。
 しかしマルセルやゼフェルにも勝てないのはどうしてだろう? 決して自分が弱くなったとは思えない。しかし、彼らの打つ手には攻め入る隙が全くなく、決して素人技だとも思えなかった。


「ふふ、今頃モンモンと悩んでるわよ」
 意地悪そうな笑顔を浮かべ、女王アンジェリークは隣にいる人物に話しかける。王立研究院所長エルンスト。宇宙屈指の科学者である。
「もちろんです。私の制作したこのスーパーコンピューターは無敵です。古今東西、ありとあらゆる定石がインプットされており、瞬く間に勝利へ導く次の一手を計算するのです」
「そしてこのメガネ型モニターに送信される、と」
 女王陛下のメガネが光る。
「少しは疑えばいいのに。ジュリアスったら、自分が宇宙屈指のチェスプレイヤーだってこと、自覚してないんじゃない?」


 対戦相手は無言で入ってきて、ゆっくりとチェス盤の向こうに座った。徹夜で研究していたため体はけだるいが、不思議なことに意識はとてもはっきりしている。
「明日はクラヴィス様が参られるそうですよ」
 昨日のリュミエールの言葉がいまだに頭の中で鳴り響いている。
 目の前にいる人物は、光るメガネのためその表情はうかがい知れない。それがかえって無言のプレッシャーを与える。しかしこの勝負、決して負けるわけにはいかない。
 ジュリアスは力強く最初の一手を打った。

「どお? クラヴィスは勝った?」
「それが…」
 やってきた女王にエルンストは動揺を隠せない。彼の後ろではたくさんのライトが激しく点滅し、いつになくコンピューターが高速に計算しているのが分かる。どこからか、きな臭い匂いがあたりに立ちこめている。
「いけない! このままでは…」


 その日、研究院で起きた謎の爆発事故の真相は、決して公表されなかった。



コンピューターがチェス世界チャンピオンに勝ったのも昔の話となりました。
将棋でも勝つのはいつの話になるでしょうか。


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